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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10724号 判決

原告 山形叔子

右訴訟代理人弁護士 中村護

同 中西正晶

同 山中善夫

被告 城北産業株式会社

右代表者代表取締役 清水正一郎

右訴訟代理人弁護士 奥山宰紳

右訴訟復代理人弁護士 大杉和義

同 岡田優任

主文

被告は原告に対し別紙物件目録記載建物について東京法務局板橋出張所昭和四四年五月二日受付第一七九六七号をもってなされた同年三月五日付代物弁済を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告は、主文第一、二項と同趣旨の判決を求めた。

二、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

一、請求の原因(原告)

(一)、原告は昭和四三年一一月五日別紙目録記載建物(以下本件建物という)を新築し、以来これを所有している。

(二)、右建物について東京法務局板橋出張所昭和四四年五月二日受付第一七、九六七号をもって同年三月五日付代物弁済を原因として原告より被告に対し所有権移転登記が経由されている。

(三)、しかし被告の右所有権取得登記はその実体上の原因が存しないものである。

(四)、よって原告は被告に対し右建物所有権に基づき被告の前記不実登記の抹消を求める。

二、請求の原因に対する答弁(被告)

請求原因(一)、(二)の事実は認める。

同(三)の事実は否認する。

三、抗弁(被告)

第一(一)  被告は昭和四四年二月二四日訴外株式会社協和工務店(以下訴外会社という)の代表取締役竹下章雄より、自分の義姉に当る原告所有の本件建物を担保に訴外会社に対する融資の申し入れを受けた。その結果被告は同日訴外会社に対し融資することになり、竹下章雄は、原告の代理人として原告の印鑑証明並びに実印および本件建物の権利証、同火災保険証書等を持参して被告に手渡し原告および訴外会社との間に左記金銭消費貸借ならびに停止条件付代物弁済契約を締結した。

元金九〇〇、〇〇〇円 弁済期昭和四四年三月五日

特約 原告は、訴外会社が右弁済期日までに右元金を返済しないときは、その所有にかかる本件建物の所有権を被告に移転することを承諾する。

(二)  しかるに右訴外会社は、昭和四四年三月五日の弁済期日を経過するも、前記貸付金を被告に返済しなかったので、被告は前記停止条件付代物弁済契約にもとづき本件建物の所有権を取得した。

その後訴外会社代表取締役竹下章雄は、被告が本件建物の所有権を、右代物弁済契約にもとづき取得したことには何等異議はないが、もう少し融資をしてくれと再三に亘って被告に哀願し、被告もその情にほだされ

(1) 昭和四四年三月一〇日弁済期日を同年三月二〇日とし利息並びに手数料を五〇、〇〇〇円と定めて一、〇〇〇、〇〇〇円を貸与した。

(2) 同じく同年三月一七日、弁済期日を同年六月二二日とし利息並びに手数料を二二五、〇〇〇円と定めて五〇〇、〇〇〇円を貸与した。

(3) 同じく同年三月一七日弁済期日を同年三月二七日とし利息並びに手数料を五〇、〇〇〇円と定めて一、〇〇〇、〇〇〇円を貸与した。

(4) 同じく同年三月一七日弁済期日を同年七月二二日とし、利息並びに手数料を三〇〇、〇〇〇円と定めて五〇〇、〇〇〇円を貸与した。

(5) 同じく同年三月一五日弁済期日を同年三月二五日とし利息並びに手数料を五、二五〇円と定めて一〇五、〇〇〇円を貸与した。

(5) 同じく同年四月五日弁済期日を同年四月一五日とし、利息並びに手数料を一〇、〇〇〇円と定めて二〇〇、〇〇〇円を貸与した。

(7) 同じく同年四月二八日弁済期日を同年五月三十一日とし、利息並びに手数料を二二五、〇〇〇円と定めて一、五〇〇、〇〇〇円を貸与した。

(8) 同じく同年四月二八日弁済期日を同年五月二〇日とし利息並びに手数料を一五〇、〇〇〇円と定めて一、〇〇〇、〇〇〇円を貸与した。

右貸付元金合計五、八〇五、〇〇〇円

利息並びに手数料未収分右(二)、(四)、(七)、(八)の合計九〇〇、〇〇〇円

右合計債権額 六、七〇五、〇〇〇円

(三)、被告は訴外会社より昭和四四年三月二〇日頃八〇〇、〇〇〇円、同月末日頃一、〇〇〇、〇〇〇円合計一、八〇〇、〇〇〇円の返済を受けたのみであったので、訴外会社が被告に対して負っている負債額は合計六、七〇五、〇〇〇円より右一、八〇〇、〇〇〇円を控除した四、九〇五、〇〇〇円となった。

(四)、そこで被告は、原告の代理人訴外竹下章雄の申入れもあり又訴外会社の窮状を察して同年四月末日頃、原告の代理人訴外竹下章雄と話し合いの結果、本件建物の所有権を前記、(一)記載の停止条件付代物弁済契約にもとづき被告に一旦移転登記を完了し、右訴外会社が右残債務四、九〇五、〇〇〇円と前記(一)記載の貸付元金九〇〇、〇〇〇円及びこれに対する弁済期日であった昭和四四年三月五日以降の利息金を含めて合計五、九〇〇、〇〇〇円を左の弁済期日に割賦支払で、訴外会社が被告に完済すれば、本件建物の所有権を被告は原告に返還して移転登記に応じ、訴外会社が左記の通り残債務を被告に完済しない場合には、被告がそのまま所有権を取得する旨、並びに原告が本件建物を担保として提供することを再度確認する旨、被告並びに原告の代理人訴外竹下章雄、訴外会社間で合意した。

そして訴外会社は、右弁済期日を支払期日とし、右割賦金を額面とする約束手形四通を被告に交付し、被告は支払期日に支払所場に呈示したが取引解約後との事で支払を拒絶された。

昭和四四年六月二〇日 一、五〇〇、〇〇〇円

同年七月二〇日    二、一〇〇、〇〇〇円

同年八月二〇日    一、三〇〇、〇〇〇円

右同日        一、〇〇〇、〇〇〇円

計          五、九〇〇、〇〇〇円

(五)  よって原告は右の合意にもとづき昭和四四年五月二日東京法務局板橋出張所受付第壱七、九六七号を以って同年三月五日代物弁済を原因とする所有権移転登記をなし、其の後訴外会社からの前記(四)記載の通りの弁済を待ったが訴外会社は、其の後倒産し、右金員の支払を全然なさなかったので被告は本件建物の所有権を取得したものであり、右移転登記も正当なものである。

第二(一)  原告は訴外会社代表取締役竹下章雄に対し、本件物件を担保として、銀行から金銭を借入れる旨の依頼をなしその際に後記被告に交付した一切の書類を右訴外竹下に交付したものであるから、銀行との金銭消費貸借契約の締結並びに本件建物を右金銭消費貸借の担保に供することの代理権限を付与していたものである。

(二)  被告が昭和四四年二月二四日原告との間に金銭消費貸借並びに代物弁済契約を締結するに際し右竹下は原告の義弟(原告は自分の妻の姉である)と称して、原告並びに訴外会社が連署で、本件建物を担保として提供することに何等異議なき旨の念書の他、右建物の権利証、原告の実印並びに印鑑証明書及び白紙委任状、その上本件建物の火災保険証書まで持参して右書類を被告に交付し原告の代理人として本件契約を締結するに至ったものであり、仮りに原告が訴外竹下章雄に対し本件契約締結の代理権を付与していないとしても、右竹下が銀行から借入れずに、被告から借入れた行為は、単に原告が竹下に付与した代理権限の範囲を逸脱したに過ぎず、被告は右事情を全く知らず、善意にして且無過失であることは明白であるから本件契約の成立並びに前記第一(四)記載の昭和四四年四月末の原告、被告間の合意につき民法第一一〇条に基づく権限踰越による表見代理が成立する。

四、抗弁に対する答弁(原告)

抗弁第一(一)ないし(四)の事実は否認する。

同(五)の事実のうち、所有権移転登記がなされたことは、認め、その余の事実は否認する。

竹下章雄が訴外会社名義で金員を借用したのは、訴外弁護士甲崎乙三郎であって被告ではない。

抗弁第二(一)の事実は否認する。

原告は竹下章雄に対し銀行融資の口ききないしは事実上の世話を頼んだことはあるが、如何なる代理権も付与したことはない。

同(二)の事実は否認する。

仮りに本件消費貸借における貸主が被告であるとしても、右は甲崎乙三郎を被告の代理人としてなされたものであるところ、同人は弁護士であって、しかも高利の金銭消費貸借を締結するのであるから、担保提供者である原告の真意を調査する必要があるのに、このような調査をなさなかったことは、代理権ありと信ずべき正当の理由を欠くというべきである。

(証拠)≪省略≫

理由

(一)  原告が本件建物を建築所有してきたこと、本件建物につき東京法務局板橋出張所昭和四四年五月二日受付第一七、九六七号をもって同年三月五日代物弁済を原因として原告より被告に対し所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争がない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば訴外会社の代表取締役である竹下章雄は、昭和四四年二月二四日訴外甲崎乙三郎弁護士に対し、原告所有の本件建物を担保として訴外会社に対する融資を申入れたところ、同弁護士は顧問弁護士をしている被告会社(金融業)の代理人としてこれを承諾し、竹下は原告が自分の義姉で一切を任かせていると称して本件建物の登記済権利証、印鑑証明書などを提示し、原告の実印を押捺して念書を作成したうえ、被告と原告および訴外会社との間に貸主を被告、借主を訴外会社、担保提供者を原告とする元金九〇〇、〇〇〇円弁済期同年三月五日特約原告は訴外会社が右弁済期日までに元金を返済しないときは、その所有にかかる本件建物の所有権を被告に移転することを承諾する旨の消費貸借ならびに停止条件代付物弁済契約を締結したこと、その后も被告は甲崎弁護士を代理人として数回にわたって数百万円を訴外会社に貸付けたが弁済されなかったため結局同年三月五日付代物弁済を原因として前記所有権移転登記がなされたことが認められる。

(三)  被告は、竹下章雄は原告を代理して右停止条付代物弁済契約を締結する権限を有していた旨主張する。

しかし竹下が当時原告から右契約締結の代理権限を付与されていたものと認めるに足りる証拠は存しない。かえって≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四三年一一月頃竹下章雄に対し原告所有の本件建物を担保として銀行から低利で融資を得る方法を相談したところ、同人は取引先の港信用金庫から借りられるかもしれない旨答え、原告を同道して同金庫芝支店を訪ね、交渉したところ、必要書類を提出して欲しいとのことだったので、原告は竹下に対し権利証、印鑑証明書などを交付して以后の手続一切を竹下に委ね、その后更に竹下の要求により実印も同人に預けたこと、竹下は右書類を同金庫に提出したが手続が進まないまま右書類が竹下に返却され、保管中、原告に無断で自己の経営する訴外会社の資金にあてるため本件契約を締結したことが認められるから、竹下に被告主張の代理権限の存しなかったことが明らかである。

(四)  被告は、仮りに原告が竹下章雄に対し、本件契約締結の代理権限を付与していないとしても、権限踰越による表見代理が成立する旨主張する。

竹下章雄が原告から本件建物を担保として信用金庫より原告に対し融資を受ける代理権を付与されていたことは前記(三)認定のとおりである。

そして前記(二)認定事実によれば、竹下は原告が自分の義姉で一切任かされていると称し、本件建物の登記済権利書証、印鑑証明書などを提示、原告の実印を押捺して念書(前記特約と同内容)を作成したものであるから、この事実だけをとれば、一応甲崎乙三郎において竹下に代理権ありと信ずるのに理由があるかのように窺える。しかし≪証拠省略≫によれば、同人は弁護士であって登録后後七年の経験を有している。

一般に弁護士のように高度の法律知識と経験を有する者が、借主(本件は借主である訴外会社の代表者)を担保提供者の代理人として消費貸借および停止条件付代物弁済契約を締結する場合、単に代理権限を証する書類が完備し実印を預かっていれば足りるのでなく、更に本人の真意を確認するため必要な調査をなすのでなければ、代理権限ありと信ずるにつき正当な理由があるといえない。

本件においては、≪証拠省略≫によれば、同人は竹下とはそれ迄面識がなく初対面であるのに、竹下に懇請され即座に九〇万円貸与していること、同人は担保提供者の真意を確認しないため代理権授与をめぐって後日紛争が起る事例があることを知悉し、かつ調査の必要を認めながら、事前調査をなすに格別の支障があったとはいえないのに、何らの調査もせず、竹下の言を鵜呑みにして即座に本件契約を締結していることが認められるから、これら諸般の事情を斟酌すると、被告の代理人甲崎乙三郎は、竹下章雄が本件契約締結につき原告から代理権を付与されていると信ずるにつき正当な事由があるといえない。

(五)  以上の次第であるから、被告主張の停止条付代物弁済契約は無権代理行為であって無効であり、従って右契約にもとづく昭和四四年三月五日付代物弁済を原因としてなされた本件所有権移転登記は実体上の原因が存しないというべきである。

(六)  よって被告に対し右所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔)

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